大和駅徒歩2分のパーソナルトレーニングジムVITALIZE

大和駅のパーソナルジムならVITALIZE!
大和市大和南1-4-10 KG大和ビル4F 大和駅より徒歩2分

  • instagram
  • twitter
  • instagram

ブログ

  • Array

【とあるAT(アスレティックトレーナー)の経歴紹介】(その③)

まいどです。
アスレティックトレーナーの田子です。

いよいよ第三話です(笑)
これまでのお話は
【第一話】 【第二話】

に掲載しているのでよければご覧ください☺

今回は,専門学校卒業後の時系列にあわせて,取り組んでいた陸上競技についても書いていきます。
というのも,専門学校卒業後は大学に編入学し,そこでの競技活動を本格的に再開したことで今後のスポーツへの関わり方が大きく変わったのでした。

ということで副題ですが,

7. 競技復帰はゆるーい一言
8.編入学は、いいぞ

という感じで今回もところどころニコ厨(ニコニコ動画廃人)的なノリで書き進めてみようと思います。

7.競技復帰はゆるーい一言

ところで,学校やアルバイトだけがトレーナー田子の黎明期かというと実はそうではありませんでした。

今も続けている陸上競技ですね。

高校卒業後は,トレーニングこそたまに続けていたものの,専門学校ではきちんとした陸上競技部が無く,授業や実習も遅い時間・土日まであったため試合に出場できませんでした。

二年生次のみ若干時間をとれたので,春シーズンに2試合だけ出場したものの本格的な競技復帰には至りませんでした。

そんな中,縁があり地元相模原市の部活動外部指導員のお話しを頂き近所の中学校の陸上競技部を1年間指導することになりました。

実はこれが田子のコーチングの元年となります。
パーソナルトレーナーにつづき2007年はホントに転機ばかりですね(笑)

詳しく書くと別で一本記事が出来てしまうので,簡潔になってしまうのですが,
たまたま能力の高い選手も数人いて,それなりの練習させた結果なんと夏の総体で総合入賞にからむ大活躍をしてしまうんですね(笑)

これは楽しい!

そんな陸上競技の現場指導をしていると思う訳です。

『これって元々オレが一番やりたかったことなんじゃね?』

第一話に書いた通り,私がトレーナーを目指すきっかけの一つに,中学生の時にきちんとしたスポーツ指導を受けれなかったことがありました。

『そんな選手を減らしたい』という想いでトレーナーのガッコまで行ってスポーツの勉強をしてきたわけですから。

それを活かす仕事と言えばやはりスポーツ,こと陸上競技……もっと言うと地元相模原の陸上を良くしたい!と思うようになったのはこの頃からかもしれません。

さて,そんな感じで陸上競技への情熱が燻(くすぶ)り始めたタイミングで,ちょっとした出来事がありました。

うちのガッコは専門学校ではありますが非常に広大なグラウンドがありまして。
結構ちゃんとしたスポーツ実技の科目もあったんですね(例:バレーボール・バスケットボール・水泳etc…)

(余談でダイビングやサーフィンといったマリンスポーツ,冬にはスキー系の実習なんかも充実してました。
オレかい?……………そりゃ全部行ったよバカヤロウ)

閑話休題。
当然陸上競技も科目にあったので履修。

で,講師見てビックリだよね。

やってきたのがオリンピック日本代表経験のある某H政大学のK先生なんだもの。

そりゃめちゃくちゃ前のめりに熱心に授業受けるよね。
(田子世代の陸上ファンなら神のような方だったので)

先生の方もゆるーい雰囲気の中競技経験者だった私に対してそれなりに気をかけて頂きました。

そんなある日。

勇気を出し授業後に(それまで恥ずかしくて言えず///)『一本走るのでコメント頂けませんか?』
と決死のお願いをしました。

快諾して頂いた某法●大学のK先生に今思えば情けない走り()をお見せしたところ,とても丁寧にコメント頂きました。

嬉しくなった私は続けて話します

田子「ホントはもうちょっとちゃんと陸上続けたいんですよね…(でもトレーナーの授業が忙しくて…)」
K先生「そんな好きだったらやった方がいいよ」

ホント何気ないやり取りの中でしたが自分の中で何かが弾けたような感覚を今でも覚えています。

オリンピック選手にそう言われたら嫌でも感じちゃうよね。

自分への可能性……というか

陸上競技が好きな気持ちを隠さなくてもいいんだ】と思うきっかけが出来たわけです。

正直当時はガッコも忙しく,パーソナルトレーナー業も充実していたので競技は難しいのだろうな,と思っていました。

否,どこかでプレイヤーを諦めてそれをトレーナーになることですり替えていたのかもしれませんね。

ところが,中学生へのコーチングや先生からの一言がありもうちょっと陸上を続けた方がいいんじゃないかところから競技経験をもっとトレーナー業に活かしてみようと決意したんですね。

そこから【卒業後はトレーナーを目指しつつ陸上競技も続ける】という選択肢を模索するようになりました。

また,数々のトレーニング方法を学ぶ中で実践力を身に付けるには机上で学ぶだけでなく,実際に自分もアスリートレベルで鍛え続けることは必要なのでないかとも考えていました。

自分自身が可能性の限界までやったことが無いのに,他人の可能性を引き出せることが出来るのか?

という感じです。
これらは私は今でも陸上競技を続ける理由の大きな一つなので,また別に書きたいと思っています。

※という訳でこちらに書きました⇒ボクが競技を続けるワケ(2020.05.02更新)

8.編入学は、いいぞ

タイトルはガッデムで有名のプロレスラーな人的な感じで読んで欲しい。

(´・ω・`)パンツァー,フォー

そんな訳で,2年生次の後半では進路に大学への編入学を検討するようになりました。

当然,卒業後はアルバイトしていたフィットネスクラブへの就職も勧められたのですが,上記の理由もあり就職活動は行いませんでした。

その結果,私は2008年4月に鹿児島県鹿屋市にある鹿屋体育大学 スポーツ総合課程に3年次編入学をする運びになりました。

生まれも育ちも相模原の生粋のさがみっ子だった私が,なぜ縁もゆかりもない鹿児島の片田舎の鹿屋体大に決めたのかと言うと,

① 競技に打ち込める環境が整っていたから
※練習環境だけでなく,私の方に競技力が低くても入部できるから
※関東の大学だと競技力で一定の入部制限がある場合が多いです
② ゼミや研究活動が盛んで学びがいがあったから
③ 単純に編入学しやすかったから
※他の大学の編入学は学年が定員割れした際の補充要員的な位置づけが多い(数人程度または0人の年もある)
※毎年一定数の編入学生(30名前後)を専用の試験で入学させてもらえる

といった感じで,それなりに入念な事前リサーチを持って受験に至りました。

ダメ押しで,実際に見学に行った際(マジで行きました。青春18きっぷで)に丁寧に先輩から大学の様子を説明して頂けたのも大きかったです。

※青春18きっぷはJRの『普通列車』しか乗れません……ということは,そういうことです(何)

大学進学後は教員免許の取得も視野に入れていたので,これまた2年間で授業がカッツカツ(しかも例によって再履修になった瞬間留年が確定するオワタ式)の中で,ゼミ活動(卒業論文),教育実習,就職活動をしつつ,陸上競技に打ち込むことになりました。

慣れない地方での一人暮らしでしたが同期入学の1年生や所属した跳躍ブロックの諸先輩方に暖かく迎えて頂き彼女はいなかったもののそれはそれは楽しい大学生活でした。

決してウェイ系だった訳ではありません。

卒業後は同大学院への進学を目指していた時期もありました。が,試験を受けたところ英語が原因で落ちてしまい進学を諦めることになりましたorz ぶっちゃけ人生唯一の敗北です。
研究がしたい訳ではなかったので結果的にこれで良かったのだと思っていますが,高度な知識を身に付けられる大学院には今でもちょっっっとだけ未練があります。 ……チョットナ(´・ω・`)
また,ゼミや卒業論文については他のスポーツ(体操競技)に手を出してしまったので今思えば陸上競技やコーチングのゼミに所属しておけば良かったと少し後悔しています。

大学での陸上競技ですが,多くの大学チームがそうであるように『自分で考えて練習をする』という文化がしっかりある雰囲気でした。
(ブロック全体のプログラムはありましたが,技術練習はコーチや院生の先輩に相談に乗ってもらいながら各自で決めていました)

とにかく色々試しながら自己べストを目指す日々が続きました。
別の種目(400mハードル)で九州インカレ出場するという事件時期もありましたが,4年次の最終戦で遂に自己ベストを大きく伸ばすことが出来ました。


鹿屋体育大学陸上競技部2009年跳躍ブロックメンバー。同期入学の後輩やメンバーにはずいぶんいじられよくしてもらいましたw

できればもう少し大学の環境で競技を続けたかったと今でも思います。

後ろ髪をひかれる想いでしたが,卒業後は関東に戻り,すべりこみで就職した青山のパーソナルトレーニングジムでバリバリと働くことに……

 

 

 

 

なりませんでしたwww

次回へ続きます。
多分最終話になる予定ですw
もう少し付き合ってね(‘ω’)

【第四話】はこちら

田子 政昌

-たご まさあき-

パーソナルトレーナー、ランニングコーチ、かけっこ・陸上教室事業の運営、執筆業、モデル業など、幅広く活動中。2020 年にパーソナルトレーニングジム VITALIZE を設立。誰にでも【 わかりやすい 】 そして 【 楽しい 】 レッスンを常に心がけ、子どもから高齢者、運動初心者から日本代表アスリートレベルまで幅広くトレーニング指導を行っている。